「ネイティブ規範」を越えて、授業・評価・テクノロジーを問い直す

「それはネイティブの言い方ではありません」「もっとネイティブらしく発音しましょう」―英語の教室で、あるいは英語を学び直す場で、こうした言葉を一度も耳にしたことがないという方は、おそらく少数派ではないでしょうか。私たちは長い間、英語圏で生まれ育った母語話者の英語こそが唯一の「正しい英語」であり、教育も評価もその一点を目指して設計されるべきだという前提のもとで、授業を組み立て、試験を作り、教材を選んできました。

しかし、世界で英語を話す人の大多数は、実は母語話者ではありません。異なる母語的背景を持つ人同士が英語で意思疎通を図る場面は、もはや例外ではなく日常です。そうであるならば、私たちが目指すべき「正しさ」とは、いったい誰にとっての正しさなのでしょうか。本書『英語教育学海外論文解説』第10号は、この根本的な問いを出発点に据え、「『正しい英語』を越えて、授業・評価・テクノロジーを問い直す」という特集テーマのもとで編まれました。

本号ではまず、World Englishes、English as a Lingua Franca、そしてネイティブスピーカー至上主義(native-speakerism)をめぐる理論的な整理から始まります。Wei Leyi氏やHino Nobuyuki氏の論考は、私たちが無自覚に前提としてきた「ネイティブ英語」という物差しそのものを問い直し、EMI(English Medium Instruction)を担う教員が置かれている研修の空白を明らかにした研究とあわせて、本号全体を貫く理論的な土台を提供してくれます。

続いて授業実践に目を向けると、World Englishesの視点を取り入れたリスニング指導、訂正フィードバックをめぐる教師と生徒の温度差、グループトークが個人作文を変えていく中国の教室、そしてVRやプレゼンテーション課題が学習者の英語観をどう揺さぶるかといった、具体的な教室の風景を伝える論文が並びます。理論を教室にどう落とし込むかという、実践者にとって切実な問いに正面から向き合った論考ばかりです。

評価というテーマも、本号の大きな柱の一つです。採点者によって成績が変わってしまう不都合な現実、契約に基づくグレーディングが評価不安を和らげる可能性、ウォッシュバック効果、そして形成的評価の現在地を俯瞰する論文まで、「何を、どう測るのか」という評価論の根幹に関わる論考を数多く収録しました。多中心主義という視点から能力試験のあり方を見直す論文や、「ネイティブスピーカー」という言葉の使用そのものを問う論考は、評価の背後にある価値観そのものへの問い直しを促してくれます。

そしてテクノロジーです。ChatGPTは英作文を人間の教員と同じように採点できるのか、Duolingoは本当に語学力を伸ばすのか、YouTubeはスピーキング力の向上に寄与するのか―生成AIやアプリ、VRといった新しい技術が英語教育にもたらす可能性と限界を、実証データに基づいて冷静に見極めようとする論文を集めました。派手な謳い文句に流されることなく、エビデンスの質を吟味する姿勢の大切さを、これらの論文はあらためて教えてくれます。

このほかにも、トランスランゲージング研究の現在地を233本の論文から俯瞰する労作や、ブレンド型学習の定義そのものを問い直す整理論文、発音研究の大規模メタ分析など、英語教育学の最前線を捉えた論考を幅広く取り上げています。一本一本は異なる国、異なる学習者、異なる研究手法を扱っていますが、通底しているのは「これまで当たり前とされてきた前提を、いま一度立ち止まって問い直す」という姿勢です。

本書で紹介する論文の多くは、海外の学術誌に掲載されたものであり、日本の教育現場からは距離があるように見えるかもしれません。しかし、ネイティブ発音を暗黙の理想とする空気、非母語話者教師への評価、テクノロジー導入をめぐる期待と不安―これらはいずれも、日本の英語教育が現在進行形で直面している課題そのものです。本号が、大学や学校で英語教育に携わる先生方、教育行政に関わる方々、そしてこれから英語教育学を学ぼうとする学生の皆さんにとって、目の前の実践や制度を新しい角度から見直すきっかけとなれば、これに勝る喜びはありません。