香港大学の大学院生であったWei Leyi氏が2020年に発表したこの小論を読んで、私はまず自分の中学生時代を思い出しました。英語の先生が「これはアメリカ英語だから」「これはイギリス英語の言い方だから」と、まるで正解がひとつしかないかのように発音や語彙を訂正していたあの教室の空気です。あの頃の私たちは、ネイティブスピーカーの英語こそが目指すべき唯一のゴールだと信じ込まされていました。しかし世界中で英語を話す人の大多数は、実はネイティブスピーカーではありません。この単純だが見過ごされがちな事実から出発し、World Englishes(WE)とEnglish as a Lingua Franca(ELF)という二つの理論的枠組みが英語教育にどのような転換を迫るのかを整理したのが、この論文です。

著者のWei Leyi氏は中国広東省の出身で、深圳大学で英語言語文学の学士号を取得したのち、香港大学でTESOL(対外英語教授法)の修士課程に在籍していた人物です。深圳大学では非常勤の教員助手を、汕頭ではIELTS講師を務め、論文発表当時は汕頭大学での指導講師に着任していたと紹介されています。つまりこの論文は、大学院生としての理論研究であると同時に、実際に教壇に立ってきた実務者の視点も併せ持つ書き手による考察だと言えます。掲載誌はInternational Journal of Information and Education Technology(IJIET)という国際学術誌で、2020年の第10巻5号に掲載されました。

WEとELFはどう違うのか、そしてなぜ同時に語られるのか

この論文がまず丁寧に行っているのは、WEとELFという二つの概念の整理です。WEについては、Braj B. Kachruが提唱した「三つの円」モデルが基礎になっています。英語を母語として話す地域を「内円」(イギリス、アメリカなど)、英語を第二言語として公用語のひとつに位置づける地域を「外円」(インド、シンガポール、ケニアなど)、そして英語を外国語として学ぶ地域を「拡大円」(日本、中国、ロシアなど多くの国)と呼ぶ枠組みです。Kachruの三円モデルは1985年に提唱されたものですが、この論文はさらにBolton氏の整理を借りて、WEという言葉自体にも「世界中のすべての英語variety」「外円の新しい英語variety」「多中心主義的(pluricentric)なアプローチ」という三つの異なる解釈があることを示しています。

一方のELFは、英語を母語としない話者同士が意思疎通のために選ぶ言語という現象を指す概念で、JenkinsやSeidlhoferといった研究者によって発展してきました。WEが「世界にはさまざまな英語のvarietyが存在する」という事実の記述に重点を置くのに対し、ELFは「異なる母語を持つ話者同士が英語で実際にどうコミュニケーションをとっているか」という相互行為そのものに焦点を当てます。著者はこの二つが理論的な出自こそ異なるものの、根底では「英語の多様性を認める」という一点で結びついていると論じ、両者を並べて英語教育への示唆を導き出すという構成を取っています。

このあたりの整理は目新しいものではなく、既存の文献レビューを手際よくまとめた性格の強い論考です。しかし裏を返せば、これから英語教育を学ぼうとする学部生や、忙しい現場の教員が最初の一歩としてWEとELFの見取り図をつかむには、むしろちょうどよい難易度と分量だとも言えます。専門書を一冊読み通す時間がなくても、この論文一本で基本的な地図は手に入るはずです。