実践・評価・倫理――生成AI時代のライティング教育を問い直す

ChatGPTが公開されてから、まもなく三年が経とうとしています。あの年の師走、教育者たちの間に走ったあの奇妙な緊張感を、読者の皆さんはまだ覚えているでしょうか。「これは何かが変わる」という予感と、「しかし何がどう変わるのかまだわからない」という戸惑い。その宙ぶらりんの感覚は、今もまだ完全には解消されていませんが、少なくとも一つのことは明らかになってきました。生成AIは去らない、ということです。

では、英語教育は今、どこに立っているのか。

本号の特集テーマは「生成AIと共創するアカデミック・ライティング―英語教育における実践、評価、そして倫理」です。この三つの言葉、「実践」「評価」「倫理」は、それぞれが独立した問いであると同時に、本質的なところで絡み合っています。AIを授業にどう組み込むかという実践の問いは、すぐに「では何を評価するのか」という評価の問いへ、そして「そもそも何のために書くことを教えるのか」という倫理的・哲学的な問いへと連鎖していきます。

今号では、国際的な査読誌に掲載された三十本の実証研究を取り上げました。舞台は香港、中国、ベトナム、インドネシア、台湾、インド、トルコ、イラク、フィリピン、イギリス、そして米国と多岐にわたります。いずれもEFLまたはESLの文脈で書かれたものですが、日本の英語教育と接点を持たない論文は一本もありません。大人数クラスという制約、英語が日常的なコミュニケーション手段ではないという環境、学習者の外国語不安、フィードバックの質と量をめぐる教師の苦労―これらはアジアのEFL圏で共有される構造的な問題であり、日本の読者にとって他人事ではない問いばかりです。

論文群を読み通して気づくのは、研究者たちの問いの重心が、この数年で「AIは使えるか」から「どう使うと何が起きるか」へと移動しつつあるということです。Li ら(2025)が二年間の研究トレンドを分析した大規模レビューが示すように、査読誌への掲載数は一年で六倍近くに膨れ上がり、混合研究法を採用した精緻な実証研究が急増しています。禁止か解禁かという入口の議論を経て、研究コミュニティは「設計の問い」へと歩みを進めています。

今号の各論文を貫く問いを、三つのクラスターとして整理しておきましょう。

一つ目は「書くことの本質とAI」という問いです。Kalantzis & Cope(2025)は、グーテンベルクの活版印刷以来の転換点として生成AIを位置づけ、「機械が意味をデザインできる時代に、人間が書く理由は何か」という根本的な問いを投げかけています。日本語で考え、英語で書くことを求められる日本の学習者にとって、この問いは特に鋭く刺さります。AIが「正しい英語」を簡単に生成できるとき、学習者が英語で書くことを通じて得るものは何か。その問いへの答えが、生成AI時代の英語ライティング指導の方向性を決めるはずです。

二つ目は「フィードバックの主体と質」という問いです。教師フィードバックとAIフィードバックを比較した複数の研究が示すのは、両者はどちらかが優れているのではなく、それぞれ異なる強みを持つという事実です。AIは量と即時性において圧倒的であり、教師は文脈への感受性と高次の思考への促しにおいて代替不可能です。Tran(2025)がベトナムのEFL教室で実証したように、「AIを先に、教師をあとに」という順序設計が学習効果を高める可能性さえあります。では、日本の授業設計はどう変わるべきか。

本文中の「氏名(西暦)」という表記は、解説している元論文内の参考文献を表します。詳細を確認したい場合は、それぞれの原典(元論文)の参考文献リストをご参照ください。

三つ目は「誰がAIの恩恵を受けるか」という公平性の問いです。Kim ら(2025)が示したように、AIリテラシーの高い学習者ほどAIとの共創から多くを得る一方、そうでない学習者は恩恵を受けにくい。同じツールを与えるだけでは、格差は縮まるどころか広がりかねません。Johnston ら(2024)のイギリスでの大規模調査が明らかにしたように、学習者の多くが求めているのは「禁止」でも「野放し」でもなく、使い方に関する「明確な指針」です。

本号の三十本には、方法論的に洗練されたものもあれば、小規模で探索的な試みもあります。大きな効果量を報告するものがある一方で、限界を率直に認める誠実な研究もあります。それらを批判的に読み、日本の文脈で何が使えて何が使えないかを判断する作業は、読者それぞれに委ねられています。本誌の各解説は、そのための道案内を務めようとしましたが、答えを先に渡すことはしません。

一つだけ確かなことを申し上げるとすれば、生成AIは英語教育の問いを消したのではなく、鋭くしたということです。何のために書くのか、誰のために書くのか、書くことで何が育つのか。これらの問いは、AIが登場する前から英語教育の核にあり続けてきたものです。AIはただ、その問いから逃げることを難しくしました。

逃げられないなら、一緒に考えましょう。本号がその思考のための素材となれば幸いです。