英語教育は、批判的思考を育てられるか

 英語教育の現場に立っていると、「考える力」という言葉がかつてなく切実に聞こえてくる時代になったと感じます。生成AIが英文を瞬時に生み出し、翻訳ツールが言語の壁を軽々と越えていく今、「英語が使える」という能力の意味そのものが問い直されつつあります。四技能を身につけることはもちろん大切です。しかし、それ以上に求められているのは、英語で情報を批判的に読み解き、根拠をもって論じ、多様な視点を統合しながら自分の判断を形成していく力ではないでしょうか。

 本特集は、そのような時代の要請に応えるべく、EFL(外国語としての英語)教育における批判的思考力(Critical Thinking)の育成をめぐる最前線の研究を、海外の主要学術誌から厳選してお届けするものです。収録した論文は、生成AIと批判的思考の関係を系統的に分析したもの、ICTツールを活用した授業実践の効果を検証したもの、振り返り作文やプロジェクト型学習の可能性を探ったもの、学習者の心理的特性(自己効力感・不安・完全主義)とメタ認知方略の連関を実証したものなど、アプローチは多岐にわたります。それぞれが異なる地域・教育段階・方法論を背景に持ちながら、共通して「どうすれば英語学習者が深く、批判的に考えられるようになるか」という問いに向き合っています。

 本特集を貫く一つの問いは、「AIは批判的思考を育てるか、それとも奪うか」というものです。生成AIの急速な普及により、英語の授業風景は確実に変わりつつあります。学生がAIに文章を書かせ、課題をこなし、調べ学習を省略する光景は、日本の英語教育現場でも日常的になりつつあります。収録論文の多くは、この問いに対して単純な「yes」や「no」では答えていません。AIの利用が批判的思考を促進するかどうかは、それをどのように設計し、いかに使いこなすかに大きく依存するという、条件付きの知見を積み上げているのです。

 本特集が取り上げた研究の舞台は、中国、インドネシア、トルコ、ベトナム、エチオピア、コロンビア、台湾、タイなど、世界各地のEFL環境にわたります。地理的・文化的な多様性は、知見の一般化可能性という点では慎重な読みを促しますが、同時に、EFLという共通の状況に置かれた学習者が世界中に存在し、それぞれの現場で批判的思考の育成という同じ課題に直面していることを実感させてくれます。日本もまた、その文脈の一つです。むしろ、日本のEFL学習者に固有の課題――受験英語中心の教育体制、発言を控えがちな文化的傾向、英語への苦手意識――を念頭に置きながら海外の研究を読むことで、自分たちの実践を相対化する視点が生まれてくるように思います。

 各論文の解説では、研究の概要を紹介するにとどまらず、方法論上の強みと限界、先行研究との関係、そして日本の英語教育への示唆まで、批判的な観点から丁寧に論じるよう努めました。「この研究は何を示したのか」だけでなく、「この研究には何が足りないのか」「この知見を現場でどう活かせるか」という問いも常に意識しています。論文を批判的に読むこと自体が、批判的思考の実践にほかなりません。読者の皆さまにも、解説をきっかけとして原著論文に当たっていただき、それぞれの教育実践と結びつけながら考えていただければ、これ以上の喜びはありません。

 本特集が取り上げた研究の中には、いくつかの共鳴するテーマがあります。一つは、メタ認知の重要性です。自分の思考プロセスを意識し、モニタリングし、調整する力こそが、批判的思考の土台をなすことが、複数の研究から示されています。もう一つは、設計の重要性です。AIであれICTであれ、ツールを教室に持ち込むだけでは批判的思考は育ちません。そのツールをどのような活動の中に位置づけるか、どのようなフィードバックと組み合わせるか、学習者に何を振り返らせるかという教師の設計力が、成否を分けるのです。そして三つ目は、心理的安全性の問題です。不安が高い学習者はメタ認知方略を活用しにくく、批判的思考力の伸びも限定的になる。これは、発言への心理的ハードルが高い日本の教室に、直接問いを向けてくる知見です。

 「批判的思考力の育成」は、ともすると抽象的なスローガンになりがちです。しかし本特集に収めた研究は、その言葉を実際の教室と学習者の姿を通して肉付けしようとしています。数字の向こうに学習者の迷いや発見があり、質的データの中に教師が見落としがちな学習プロセスのリアリティがあります。どれか一つの論文が「これが答えだ」と示しているわけではありません。しかし、これらの研究群を丁寧に読み進めることで、批判的思考をめぐる問いの地形図が少しずつ見えてくるはずです。

 最後に、本特集を手に取ってくださった読者の皆さまへ一言申し上げます。海外の研究を読むことは、時に遠い世界の話のように感じられるかもしれません。しかし、インドネシアの大学院生が語るAIへの依存の不安も、エチオピアの学生が振り返り作文を通じて得る気づきも、台湾の高校生がプロジェクト課題で覚える推論の難しさも、本質においては、日本の英語教育が向き合っている課題と深くつながっています。批判的に考える力は、地理的・言語的な境界を越えて、すべての学習者が必要とするものだからです。本特集が、英語を教えること・学ぶことの意味を問い直す一助となれば、幸いです。