この論考が書かれた背景―名前をめぐる長年のもやもや

英語教育に関わる仕事をしていると、学会や研修会の場で「World Englishes」「English as a Lingua Franca」「Global Englishes」といった似たような言葉が飛び交い、結局どれがどれなのか整理できないまま帰路につく、という経験をした方は少なくないと思います。私自身、大学の教員研修に参加した際、講師によって使う用語がまちまちで、内容はほぼ同じなのに看板だけが違うという状況に戸惑った覚えがあります。Nicola Gallowayという研究者が2024年にTESOL Quarterly誌に発表した”What’s in a Name? Global Englishes―An Umbrella Term to Address Silo Mentality or a Misunderstood Paradigm Reinforcing Silos?”という論考は、まさにこの「名前の混乱」を正面から扱った一篇です。

Gallowayはグラスゴー大学教育学部のSenior Lecturer(Publications Lead)で、応用言語学者として英語の国際的使用の教育的含意や高等教育の国際化を専門としてきた人物です。日本での英語教師としての勤務経験を持ち、博士課程はサウサンプトン大学でJennifer Jenkinsの指導のもとGlobal Englishes Language Teaching(GELT)の枠組みを構築したことで知られています。つまりこの論考は、外部の傍観者による整理ではなく、Global Englishes(以下GE)という用語を実際に育て、広めてきた当事者自身による釈明と再定義の試みなのです。学問の世界では珍しいことではありませんが、自分が生みの親である概念について、その定義が世間でどう誤解されているかを著者自らが正面から論じるという構図は、読み手にとって非常に率直で興味深いものになっています。彼女はまた、Education, Languages and Internationalization Network(ELINET)という研究者と教師をつなぐネットワークを自ら設立し運営していることも本論考の中で紹介されており、理論と実践の橋渡しへの強いこだわりが随所に感じられます。

論考の出発点は明確です。2000年代に入り、英語の世界的拡大とその教育的含意を探る応用言語学の下位分野が次々に確立しました。Braj Kachruらが牽引したWorld Englishes(WE)研究は、世界各地で使われる英語の多様性、土着化、正当化を扱い、1978年にハワイのEast-West Centerとイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で開かれた二つの会議を出発点として学問分野としての形を整えていきました。Larry Smithが始めたEnglish as an International Language(EIL)は英語の国際的な使用文脈と機能に焦点を当て、Jennifer JenkinsやBarbara Seidlhoferらが切り拓いたEnglish as a Lingua Franca(ELF)は多言語話者間でのコミュニケーション手段としての英語を分析してきました。さらにtranslanguaging(トランスランゲージング)や多言語主義研究も勢いを増していました。これらはいずれも、英語教育のカリキュラムが「ネイティブ英語」規範に偏りすぎているという同じ土台の上に立っていたのに、それぞれ別の学術コミュニティ、別の学会誌、別の会議を持ち、まるで隣同士の畑でありながら垣根で仕切られているような状態だったのです。Gallowayはこの状況を評して、理論と実践の間に深い溝―theory-practice divide―が存在し続けていると述べています。研究者たちが何十年も前から英語教育の刷新を訴えていたにもかかわらず、教室の現場は相変わらず「ネイティブ英語」を規範とし続けていたというわけです。