英語教育に携わる方なら、生徒の読解力をどう測るかという問題に頭を悩ませた経験があるはずです。テストは時間もコストもかかります。もっと手軽に、生徒がどれだけ英語の本を読んできたかを推し量る方法はないものか。実はそのための便利な道具が心理言語学の世界には既に存在していました。Author Recognition Test(ART、作家認識テスト)と呼ばれる、作家の名前を見てそれが実在する作家かどうかを答えるだけの簡単なテストです。Sean Patrick McCarronとVictor Kuperman両氏による論文”Is the author recognition test a useful metric for native and non-native English speakers? An item response theory analysis”(2021年、Behavior Research Methods誌)は、この便利なはずのテストが、実は英語を母語としない学習者にはうまく機能しないかもしれないという、地味だけれども教育現場にとって非常に重要な警鐘を鳴らす研究です。McCarron氏はカナダのMcMaster Universityとイギリスのオックスフォード大学の両方に籍を置き、Kuperman氏はMcMaster Universityの言語学部に所属する研究者です。
なぜ「読書量」を測る必要があるのか
そもそもなぜこのようなテストが必要とされてきたのでしょうか。読解研究の世界には古くから「マシューエフェクト」という現象が知られています。これは聖書のマタイによる福音書の一節、「持っている者はさらに与えられ、持たない者はますます奪われる」にちなんだ名前で、読解力の高い子どもはますます読書を好み、それによってさらに読解力が伸びていく一方、読解力の低い子どもは読書を避け、その結果ますます読解力が伸び悩むという、いわば富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなるという教育格差のメカニズムを指しています。Stanovich(1986)がこの概念を広めて以来、教育心理学者たちは「その人がどれだけ読書をしているか」、専門用語で言うところの「print exposure(活字への曝露量)」を正確に測定する方法を模索してきました。
自己申告式のアンケートも一つの方法ですが、これには「本当は読んでいないのに、読んでいると答えてしまう」社会的望ましさのバイアスがつきまといます。そこでStanovich and West(1989)が考案したのがARTです。実在する作家の名前と、いかにも実在しそうな架空の名前(フォイルと呼ばれます)を混ぜたリストを見せ、実在すると思う名前だけにチェックを入れさせる。正解数からフォイルへの誤チェック数を引いた点数が、その人の読書量の指標になるという仕組みです。このテストは英語の母語話者を対象にした研究では高い妥当性と信頼性が繰り返し確認されており、語彙サイズや読解速度、読解理解度との相関も報告されています(Krashen & Kim, 1998; West & Stanovich, 1991など)。さらに簡便であるため、わずか数分で実施できるという利点も、研究者たちに広く使われてきた理由です。
しかし著者らが指摘するのは、このARTが英語母語話者(L1)以外の集団、つまり英語を第二言語として学ぶ人々(L2)や、大学進学前の英語準備プログラムに通うESL(English as a Second Language)の学生たちにも同じように使えるのかどうかが、実はきちんと検証されてこなかったという事実です。もしARTが不均一な妥当性しか持たないとしたら、これまでL1とL2の読書量を比較してきた多くの研究の土台が揺らぐことになります。これは決して些末な問題ではありません。
