英語を教えている先生であれば、一度は感じたことがあるはずです。教科書の例文を暗唱させても、生徒はいざとなると固まってしまう。文法は分かっているのに、口が動かない。この「わかるのにできない」というギャップこそ、スピーキング指導の最大の壁です。Weijian Yan、Victoria Lynn Lowell、Li Yangの3氏による論文”Developing English language learners’ speaking skills through applying a situated learning approach in VR-enhanced learning experiences”(2024年、Virtual Reality誌に掲載)は、このギャップを埋める手段としてVR(仮想現実)を使い、状況学習理論という枠組みでスピーキング指導を組み立てた実践研究です。著者のYan氏とLowell氏はアメリカのPurdue University、Yang氏は中国のJiangSu University of Science and Technologyに所属しており、国境を越えた共同研究になっています。
この論文をなぜ取り上げるかというと、日本の英語教育でも「オーラルコミュニケーション」や「英語表現」の授業で、実際に使える英語力をどう伸ばすかという課題が長年つきまとっているからです。文部科学省が推進する「主体的・対話的で深い学び」という理念とも、状況学習という考え方は響き合う部分が多いのです。
状況学習という考え方の来歴
まず理論的な背景を押さえておきます。状況学習(situated learning)は、Lave and Wenger(1991)が提唱した学習理論で、知識は教室の中で切り離された形で教えられるものではなく、それが実際に使われる文脈の中で、社会的なやりとりを通じて身につくものだという考え方です。この理論はその後、Herrington and Oliver(2000)によって「オーセンティックな文脈」「オーセンティックな課題」「エキスパートによる模範」「複数の役割と視点」「協働」「コーチングと足場かけ」「省察」「言語化」「オーセンティックな評価」という9つの特徴に整理され、教育設計の枠組みとして使われるようになりました。この論文はまさにこのHerrington and Oliverの枠組みをそのまま採用し、VRプラットフォームの中でこの9要素をどう実現するかを丁寧に設計しています。
英語のスピーキング指導では、これまでロールプレイ、教室内シミュレーション、修学旅行や留学といった手段でオーセンティックな文脈を作ろうとしてきました。しかし教室でのロールプレイは現実の複雑さを再現しきれず、留学や海外研修は費用や地理的制約でアクセスできる学習者が限られるという問題がありました。VRはこの二つの弱点、つまり「本物らしさ」と「アクセスのしやすさ」を同時に満たせるのではないか、という発想がこの研究の出発点になっています。先行研究としてはChen and Hwang(2020)がスピーキング成績の向上を示し、Ebadi and Ebadijalal(2020)がGoogle Expeditionsを使ってオーラル能力と発話意欲の向上を報告するなど、VRと言語学習の相性の良さを示す研究が積み重なっていました。しかし著者らは、状況学習という理論的枠組みをきちんと踏まえてVR授業を設計し、その効果を検証した研究はまだ少ないと指摘しています。これがこの研究の存在意義になっています。
