英語で専門科目を学ぶ、いわゆるEMI(English as a Medium of Instruction、英語による教科教育)は、日本の大学でもここ十数年で急速に広がりました。私が大学教員時代に見聞きした範囲でも、理工系学部で英語のみの授業科目が新設されたり、留学生と日本人学生が同じ英語の講義を受けたりする光景が珍しくなくなってきていました。しかし、母語ではない言語で専門的な内容を学ぶというのは、想像以上に負荷の高い作業のはずです。この負荷を実際にどう感じているのか、香港の理系大学生に焦点を当てて調べたのが、Jack PunとXina Jinによる論文”Student challenges and learning strategies at Hong Kong EMI universities”です。本論文は2021年にPLOS ONE第16巻5号、e0251564として掲載されました。

著者紹介と研究の背景

Jack Punは香港城市大学(City University of Hong Kong)英語学部に所属する研究者で、共著者のXina Jinも同大学に所属しています。Punは学際的な英語教育、特に理数系教科と言語教育の接点に関する研究で知られており、本論文でも科学分野特有の言語的困難という切り口が随所に活かされています。

研究の背景には、グローバル化の進展に伴うEMIの世界的な拡大という大きな潮流があります。EMIは、英語を母語としない国や地域において、内容知識の教授言語として英語を採用する教育方式であり、今日では高等教育の現場で広く導入されています。学生にとっては専門知識と英語力を同時に伸ばせるという期待がある一方、大学経営側にとっても国際ランキングでの評価向上や留学生・外国人教員の獲得につながるという実利があります。しかしこの「双方にとって望ましい」シナリオは、参加者全員の準備が整っている場合にのみ成立するものであり、実際にはEMI導入の成否をめぐる議論が絶えません。先行研究では、学生の英語力が一定の閾値に達していること、教員が流暢な英語運用能力と専門知識、そして言語と内容の両方を支える指導スキルを備えていること、大学が十分な教育資源を提供できることという三条件が、EMI成功の前提として繰り返し指摘されてきました。

香港という文脈は特に興味深いものです。植民地時代の歴史的経緯から英語は香港の公用語の一つであり、地元の8割以上がカントン語を日常言語とする一方で、英語は社会生活の様々な場面で活用されています。しかし秘密なのは、香港のEMI研究の蓄積が中等教育レベルに偏っており、大学レベルでの実証研究が意外なほど少なかったという点です。この空白を埋めるべく、著者たちは香港の大学に通う理系学生を対象に、言語面・学習面での困難と、それに対処するための学習方略を調べる調査を企画しました。