タイのラムカムヘン大学(Ramkhamhaeng University)教育学部に籍を置く助教授Surattana Adipatが2023年に発表した論文、”Inextricable Connection: World Englishes, Language Diversity, and Cross-Cultural Communication”を読み終えたとき、正直に言うと、私はやや複雑な感情を抱きました。学術論文としての厳密さという点では物足りなさが残る一方で、日本の英語教育に携わる人間として胸に刺さる論点がいくつも埋め込まれていたからです。この論文は、Journal of Educational and Social Research誌(第13巻第1号、2023年1月、166~174ページ)に掲載されたもので、World Englishes(世界諸英語)、言語多様性、そして異文化間コミュニケーション(Cross-Cultural Communication、以下CCC)という三つの概念が、実はひとつの太い糸で結ばれているという主張を展開しています。今日はこの論文を手がかりに、私たちが英語という科目をどう教え、どう捉え直すべきかを考えてみたいと思います。

著者と研究の背景―なぜ今、この三題噺なのか

まず著者について触れておきます。Surattana Adipatはタイのラムカムヘン大学教育学部に所属する研究者で、本論文以外にも教育工学やICT活用教育に関する論文を複数発表している人物です。今回の論文は単独著者によるもので、実験や調査を伴う実証研究ではなく、既存文献を整理し独自の視点でつなぎ合わせる、いわゆる概念的レビュー論文(conceptual review)に分類されます。2022年10月5日に受理され、同年12月26日に採択、2023年1月5日に公開されました。

この論文が扱う問題意識の背景には、応用言語学の分野で長く議論されてきたWorld Englishesという考え方があります。World Englishesという用語を最初に世に広めたのはBraj Kachruで、1985年の著作でインドにおける英語の「インド化」という現象を論じたことに端を発します。Kachruは英語の広がりを「内円(Inner Circle)」「外円(Outer Circle)」「拡大円(Expanding Circle)」という三つの同心円で描き出しました。内円はイギリスやアメリカのような英語を母語とする国々、外円はインドやシンガポールのようにかつての植民地支配の影響で英語が公用語や第二言語として定着した国々、そして拡大円は日本や中国、タイのように英語を外国語として学ぶ国々を指します。この論文の随所にKachruのモデルへの言及があり、その三圏モデルが「英語使用の複雑な現実を単純化しすぎている」という批判があることも著者は正直に記しています。

この分野の研究は、単一の「正しい英語」―多くの場合はアメリカ英語やイギリス英語を指す―という発想そのものを問い直すところから始まりました。De Costa and Crowther(2018)、Galloway and Numajiri(2020)、Boonsuk and Ambele(2021)といった近年の研究が次々と引用されている点からも分かるように、この分野は2010年代後半から2020年代にかけて急速に活発化してきた領域です。私自身、大学院で英語教育を学んでいた頃、ネイティブスピーカーの発音や語彙が「正解」であるという前提を疑いもなく受け入れていました。しかし、World Englishesの視点に触れてから、その前提が実は歴史的・政治的に作られたものに過ぎないと気づかされた経験があります。Adipatの論文は、まさにそうした気づきを、言語多様性や異文化コミュニケーションという隣接概念とセットで論じ直そうとする試みなのです。