この論文が答えようとした問い

英語の発音指導というと、多くの教員がまず思い浮かべるのは「いかにネイティブスピーカーに近い音を出させるか」ということではないでしょうか。筆者自身、中学校の授業見学で「もっとRの音を舌を巻いて」と繰り返し指導する先生の姿を見たことがあります。生徒は必死に舌を丸めていましたが、その表情はどこか苦しそうでした。しかし、その指導は本当に学習者のコミュニケーション能力を高めているのでしょうか。Kazuya Saitoが2021年にTESOL Quarterlyに発表した論文「What Characterizes Comprehensible and Native-like Pronunciation Among English-as-a-Second-Language Speakers? Meta-Analyses of Phonological, Rater, and Instructional Factors」は、この素朴な疑問に真正面から統計的な光を当てた研究です。Saitoはロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の応用言語学准教授で、第二言語の発音習得と指導効果に関する実証研究を長年積み重ねてきた研究者です。本論文はLeverhulme Trust の研究助成を受けて実施され、TESOL Quarterly誌55巻3号(2021年9月号)866ページから900ページに掲載されました。

この研究の出発点には、Derwing and Munroらが1990年代から築いてきた重要な理論的区別があります。それは「comprehensibility(理解のしやすさ)」と「accentedness(なまりの強さ、ネイティブらしさの欠如)」という二つの概念は、似ているようでいて実は別物だという考え方です。聞き手にとって強いなまりがあっても内容が十分理解できる話し方もあれば、逆になまりは少なくても聞き取りにくい話し方もあります。この区別は1997年のDerwing and Munroの研究以来、第二言語音声学の分野で繰り返し検証されてきましたが、どの音声的特徴がそれぞれの評価に効いているのか、そして評価者の背景によって判断がどう変わるのかについては、個々の研究ごとにばらばらの結論が出ていました。ある研究では分節音(子音や母音の正確さ)が重要だと言い、別の研究では韻律(ストレスやイントネーション)が最も説明力を持つと言う。Saitoはこうした散らばった知見を一つの土俵に集めて統合的に検討する必要性を感じ、本研究に着手したと述べています。実際、本論文の背景部分を読むと、Saitoが単に理論を整理するだけでなく、多言語話者同士の英語コミュニケーションが日常化した現代において、母語話者の発音を絶対的な規範とすること自体への違和感を強く持っていることがうかがえます。