英語教育の学会や研修に参加していると、ここ数年、「ネイティブスピーカー」という言葉そのものを使うことに、ある種の緊張感が漂うようになったと感じる人は多いのではないでしょうか。「非ネイティブ」という表現を使えば「欠陥モデルを助長する差別的な言葉遣いだ」と指摘され、かといって別の言い方―「L2ユーザー」や「LXユーザー」―を使えば、今度は「分かりにくい」「かえって曖昧だ」と言われます。まるで、どちらを選んでも批判される言葉の迷路に迷い込んだような感覚です。この居心地の悪さを、真正面から言語化してくれたのが、Talia IsaacsとHeath Roseによる論文”Redressing the Balance in the Native Speaker Debate: Assessment Standards, Standard Language, and Exposing Double Standards”です。

Isaacsはロンドン大学UCL教育研究所の応用言語学・TESOL准教授で、言語テスト、第二言語習得、学術目的の言語教育の境界領域を専門としています。Roseはオックスフォード大学の応用言語学准教授で、Global Englishes for Language Teaching(Cambridge University Press, 2019)やGlobal TESOL for the 21st Century(Multilingual Matters, 2020)といった著書を持ち、グローバル化・国際化が英語教育に及ぼす影響、特に中国と日本の高等教育セクターを主要な研究対象としている人物です。本論文はTESOL Quarterly誌56巻1号(2022年3月、オンライン先行公開は2021年)の「招待研究論考(Invited Research Issues)」として掲載された、実証データを伴わない理論的・論争的な論考です。

冒頭の一撃―ニーチェの「神は死んだ」から始まる論文

この論文の書き出しは、応用言語学の論文としては異例なほど文学的です。ニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』で「神は死んだ」と宣言したことになぞらえ、カナダの辞書編纂者Paikedayが1985年の著書で「ネイティブスピーカーは死んだ!」と挑発的に宣言したエピソードから論を起こしています。つまり、「その言語で何が正しいかを決める絶対的な審判者としてのネイティブスピーカー」という発想は、もはや通用しないという主張が、すでに40年近く前から存在していたということです。IsaacsとRoseは、この宣言から現在に至るまでの議論の蓄積を丁寧にたどりながら、「では本当にネイティブスピーカーは死んだのか」という問いを、あえて挑発的に投げかけ直しています。

なぜ今、この論考が書かれる必要があったのでしょうか。背景には、応用言語学・TESOL分野における用語をめぐる分断があります。一方には、「非ネイティブスピーカー(NNS)」という言葉が学習者や教員を「欠如した存在」として扱う差別的な用語であり、使うべきではないという強い立場があります。他方には、こうした用語の言い換えが実務上の混乱を招き、かえって研究の透明性を損なうという懸念があります。Jenkins(2014)が報告した、英国応用言語学会(BAAL)のメーリングリストでの出来事は象徴的です。「ネイティブに近い(あるいはネイティブの)習熟度」という表現を含む求人広告に対し、ある会員が「”n-word”(訳注―英語圏で最も攻撃的とされる人種差別語の婉曲表現)がカッコに入っていれば許されるのか」と痛烈に皮肉ったといいます。IsaacsとRoseは、この「ネイティブスピーカー主義」と、アフリカ系アメリカ人が受けてきた苦しみや屈辱を同一視するかのような物言いに、強い違和感を表明しています。