英語教育に関わっていると、必ず一度は耳にする台詞があります。「うちの子にはネイティブの先生に教えてほしいんです」。保護者からのこの一言に、日本中の英語教室や幼稚園の現場責任者が頭を悩ませてきたはずです。私自身、知人の子どもが通う英会話教室の説明会に付き添ったことがありますが、そこで真っ先に強調されていたのは指導法でもカリキュラムでもなく、「講師は全員ネイティブスピーカーです」という一文でした。まるでそれ自体が教育の質を保証するかのような扱いです。この現象は日本だけのものではありません。スペインのカタルーニャ地方、Girona大学で幼児教育を専攻する将来の保育者・幼稚園教員たちの間にも、同じ「ネイティブこそ理想」という信念が根強く残っていることを、Julie Waddingtonの論文 “Rethinking the ‘ideal native speaker’ teacher in early childhood education” は克明に描き出しています。
Waddingtonはスペイン・カタルーニャのGirona大学教育心理学部に所属する研究者兼教員です。彼女は単なる部外者の研究者ではありません。2010年から2019年まで、実際にこの大学の幼児教育課程で教鞭を執りながら、学生たちの言語観や教育観の変遷を間近で観察してきた「当事者研究者」です。この論文はLanguage, Culture and Curriculum誌に2022年(オンライン公開は2021年3月)に掲載されました。長年同じ教育現場に立ち続けてきた人間だからこそ書けた、地に足のついた実証研究だと言えます。
なぜこの研究が必要とされたのか
そもそも「ネイティブスピーカー至上主義」を問い直す議論は、決して目新しいものではありません。Waddington自身が整理しているように、この構築物への批判はKramsch(1997)やRampton(1990)らによって1990年代から積み重ねられてきました。さらに2000年代に入ると、欧州評議会が策定したCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)が、言語教育の目標を「一つか二つの言語を、それぞれ切り離して”完全習得”すること」ではなく「あらゆる言語能力が居場所を持つ言語レパートリーを育てること」へと転換させるべきだと明言しました。つまり、政策レベルでは「ネイティブ理想」はすでに20年以上前から否定されているのです。
ところが、Waddingtonが実際に教育現場で観察してきた学生たちの意識は、この政策転換に全く追いついていませんでした。理論と実践のあいだに大きな溝があることに気づいた彼女は、この乖離を実証的に検証しようと本研究に着手しました。特に幼児教育という分野に着目したのは、幼児期の言語体験が生涯にわたる学習の出発点であり、認知・身体・情緒・言語のすべての発達領域に配慮できる教員養成が急務とされているからです。ネイティブであることを最優先する発想は、こうした全人的な幼児教育のあり方と本質的に矛盾します。
