大阪大学のNobuyuki Hino氏が2021年に発表したこの論文を読んで、私は思わず自分自身の学生時代のノートを引っ張り出したくなりました。英作文の授業で「older brother」ではなく「brother」と書けと指導された記憶がある人は、日本の英語学習者の中に決して少なくないはずです。しかし日本語や多くのアジアの文化では、兄と弟、姉と妹の区別は極めて重要な情報です。それを「アメリカ人はそう言わないから」という理由だけで削ぎ落とすよう強いられることが、実はどれほど不自然なことか。Hino氏はこの論文で、そうした一見些細に見える指導実践の背後に潜む「ネイティブスピーカー至上主義(native-speakerism)」という構造を鋭くえぐり出し、それに代わる「ポスト・ネイティブスピーカリズム(post-native-speakerism)」という教育理念を提示しています。

著者について、そして研究の背景

Hino氏は大阪大学の教授であり、1970年代に日本で英語学習を始めた自身の体験―「アメリカ英語がアメリカ人の価値観を表現する手段であるならば、なぜ日本人の思考パターンを表現する『日本英語』があってはいけないのか」という素朴な疑問―を、この研究に取り組む最初の動機として率直に語っています。この論文はもともと、2020年12月にロシアのRUDN大学が主催した国際サミットでの基調講演を基にしたものであり、口語的な語り口をあえて残していると著者自身が断っています。掲載誌はRussian Journal of Linguisticsの2021年第25巻2号で、528ページから545ページに掲載されました。

先行研究の系譜としては、1970年代の日本人思想家である国広氏や鈴木氏が既に英語学習者を母語話者の規範から解放すべきだと論じていたことが紹介されており、Hino氏の議論はこうした日本国内の言語論の蓄積を踏まえたものであることが分かります。native-speakerismという用語自体はHollidayが2005年に定義したものですが、Hino氏はこれを「母語話者の権威あるいは優位性への信念」というより簡潔な定義に組み替えています。また post-native-speakerism という用語はHoughtonとHashimotoの2018年の著書のタイトルに由来するとされ、Hino氏はこの概念をEIL(International Languageとしての英語)、WE(World Englishes)、ELF(English as a Lingua Franca)という三つの理論的パラダイムを統合する枠組みとして再構成しています。