研究の背景と問題意識―AIは「考える力」の敵なのか

近年、日本の英語教育の現場でも生成AIをめぐる議論が絶えません。「ChatGPTに作文を書かせてしまったら、生徒の思考力が育たないのではないか」という懸念は、教室の内外を問わず広く共有されています。実際、多くの教員がAIツールの利用を禁じるか、あるいは頭を悩ませながら「どこまで許容すべきか」という答えのない問いと向き合っているのではないでしょうか。

そうした状況のなかで、タイ・バンコクのキングモンクット工科大学ラードクラバン校に在籍するHui Hong、Poonsri Vate-U-Lan、Chantana Viriyavejakul の3名による研究は、きわめて挑戦的な問いを正面から立てています。「AIを意図的に授業設計に組み込み、低次の作業をAIに任せることで、学習者の高次思考力―すなわち批判的思考力―を高めることができるのではないか」というのがその問いです。この研究は2025年7月に Forum for Linguistic Studies 誌に掲載され、120名のAI活用群と120名の対照群、合計240名の大学1年生を対象とした12週間にわたる準実験研究として設計されています。

「認知オフロード(cognitive offloading)」という概念が研究の中核にあります。これは、もともと認知心理学の領域で提唱された考え方で、人間が外部のリソース―メモや計算機、そしてAIツール―に特定の認知的作業を「委ねる」ことで、脳の処理資源を別の、より複雑な思考活動に充てられるという発想です。たとえるなら、電卓を使えば暗算に費やすエネルギーを節約でき、そのぶんを問題の本質的な意味や応用を考えることに使えるのと同じことです。筆者らはこの枠組みを第二言語(L2)ライティング教育に適用し、AIにアウトライン作成や語彙の選定、初稿作成といった定型的な作業を担わせることで、学習者が分析・評価・省察といった高次の認知活動に集中できる環境を整えようとしました。